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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)2414号 判決

原告

高橋トシイ

被告

新東京いすずモーター株式会社

ほか一名

主文

一  被告山下は、原告に対し、三〇万円とこれに対する昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自、原告に対し、一、〇一六万九、二二九円とこれに対する昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は三分し、その一を原告、その余を被告らの負担とする。

五  この判決第一、二項はかりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、一、六七〇万円とこれに対する昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告山下は、原告に対し、三〇万円とこれに対する昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告会社の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  同被告山下の答弁

原告の各請求を棄却する。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  暴行事件関係

1 被告山下は、訴外石坂重剛と共同して、昭和四七年八月二〇日午前三時ころ、東京都三鷹市内の畑で、原告を力ずくで犯し、原告に精神的肉体的苦痛を与えた。

2 被告山下が支払うべき右慰謝料として五〇万円が相当である。既払分二〇万円を差引いて、三〇万円とこれに対する昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  交通事故関係

1 事故の発生

被告山下は、昭和四七年八月二〇日午前三時五五分ころ、小型乗用自動車(多摩五す五九三一号、以下、加害車という)を運転中、杉並区永福一丁目二番一七号先路上で、停止車両に衝突させ、同乗の原告に傷害を与えた。

2 被告山下の過失 前方不注意

3 被告会社の責任

被告会社は加害車を所有し、かつ、その営業用に使用して、自己のため運行の用に供していた。

4 事故の結果

(一) 受傷内容

顔面・右前腕多発挫創、頭部・骨盤部打撲、右膝部・左肩挫傷、右足打撲擦過、左足関節部擦過創

(二) 入・通院

事故当日から同年九月三日まで一五日間入院、そのご同年一一月二七日までに二四日間通院

(三) 後遺症

顔面多発瘢痕、鞭打症、脳波異状等

5 損害

(一) 治療費 二七万九、八二〇円

(二) 入院雑費 四、五〇〇円

(三) 通院交通費 三、八六〇円

(四) 着衣、靴の破損 八、〇〇〇円

(五) 休業損 四四万六三五四円

職業キヤバレーホステス、事故前三か月間の平均日収三、三三一円、休業日数事故当日から同年一二月末日までの一三四日間

(六) 労働能力低下による逸失利益 一、八四四万七、五一八円

後遺障害による労働能力喪失率五六パーセント、就労可能年数六三歳まで、昭和四八年一月一日から同年三月末までは一日三、三三一円、同年四月一日から一年間の分は年収一四五万八、九〇五円、昭和四九年四月一日以降の分は年収一九二万五、七〇四円の各割合

(七) 慰謝料 三〇〇万円

(八) 弁護士費用 二一四万九、八六九円

6 被告らに請求する分

右損害金から既払の自賠責保険金二五九万円を控除し、その残額の一部一六七〇万円とこれに対する事故当日の昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員

(請求原因に対する認否)

一  被告山下

一の1、二の1、2の事実を認め、二の3、4の事実は不知。

二  被告会社

二の1、3、4の事実は不知。二の3の事実のうち、被告会社が加害車を運行の用に供していた点は否認し、その余は認めるが、それには次の事情がある。被告会社は加害車を被告山下に売渡したが、その代金支払の担保の目的で、所有権を留保していたにすぎない。そして、同被告は事故時、被告会社の業務と関係のない私的なことで、加害車を使用していた。

(被告会社の抗弁)

かりに運行供用者責任が認められるとしても、被告山下は当時、飲酒酩酊していて危険であつたのに、原告はそれを承知で同乗していたから、原告にも過失がある。

(抗弁に対する認否)

否認

第三証拠〔略〕

理由

第一暴行事件関係

請求原因一の1の事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、慰謝料として五〇万円が相当である。したがつて、被告山下に対し、既払分二〇万円を差引いて、三〇万円とこれに対する昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は、すべて正当である。

第二交通事故関係

一  請求原因二の1、2の事実は、原告と被告山下との間では争いがなく、原告と被告会社との間でも、本件事故の発生自体は争いがない。

二  被告会社の責任

1  被告会社が加害車の所有権を有することは当事者間に争いがないが、それは、証人座間環の証言、被告山下本人の供述、これらによつて真正に成立したと認められる乙第六ないし第八号証によれば、被告会社が山下に対し、所有権留保の特約を付して、代金月賦払いにより売り渡したことによるものであることが認められるから、この点自体から運行供用者にあたるという結論を出すわけにはいかない。

2  被告会社が加害車を自動車販売のため営業用にも使用していたことは当事者間に争いがない。その間の事情は次のようなものである。

(一) 成立に争いがない甲第六号証の二、被告山下本人の供述によれば、同被告が前示の自動車を買つたのは、被告会社に就職ごの昭和四六年四月のことで、それから当分の間は同被告の弟に運転をまかせて家庭内の利用に供していたこと、被告山下は昭和四七年五月、営業部門に転属されて小型トラツクのセールスに従事することとなり、仕事上の必要に迫られて、同年六月末運転免許を取得したこと、

(二) 成立に争いがない乙第一〇号証の一、二、証人座間の証言、被告山下本人の供述によれば、被告会社の営業業務の性質上、客まわりなどに自動車使用の必要があるが、会社用意のものが不十分なため、営業社員の個人車が多く利用されていること、そこで、被告会社においては、特約車両契約制度が設けられていること、これは、被告会社が車両販売に専従している従業員から、その個人の自動車(被告会社系列のいすず製に限定されている)を業務遂行のため提供を受け、業務上使用燃料代、任意保険料を会社が負担するほか維持費(当時月額六、〇〇〇円)を支給すること、社用使用中の管理業務は会社が行ない、業務上の事故の処理は会社の所轄責任者の指示に従うこと、その他約定外の事項が発生した場合は両者で協議の上解決することなどを取り決めていること、右特約車を通勤に使つたり拘束時間外に私用運転することについては被告会社は関知しないという建前であるが、通勤交通費は個人車の利用の有無にかかわりなく定期代を支給し、控え目にいえば、車を持ち返らなくとも通勤に経済的負担を生ずることがないように配慮してあること、被告山下の免許取得と同時に、加害車について、昭和四七年六月二七日付で右特約車契約が締結され、被告山下はこれを継続的に営業遂行上運転するようになつたほか、通勤や業務拘束時間における私用のために運転していたこと

を認めることができる。右事実によれば、被告山下が会社業務を遂行する過程においては加害車の運行につき、専ら被告会社が現実的支配を有していたことはもちろん、業務遂行外の運転の場合でも、被告山下が業務に就くとともに加害車も営業組織の構成部分と化し、被告会社の支配下に入ることが確定的に予定されているのであるから、その運行につき支配力を及ぼしうる関係にあつたとみることができる。また、営業社員の個人車を業務遂行上提供を受ける特約車両制度自体が営業上の利益に出たもので、その時間外の私用運転に関知しない態度をとるのも、右利益確保につながるからに外ならない。

3  被告山下が、この事故を業務時間外の私用運転中に惹起したものであることは当事者間に争いがない。しかし、このような場合でも、2で述べたところに従えば被告会社は運行供用者にあたる。他にこの結論を左右するに足りる事情は本件全証拠によるもうかがわれない。

三  事故の結果、影響

1  弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一、第七号証、第八号証の一、二(第七号証以下はその各原本の存在を含め)、甲第一二号証の一、二、原告本人の供述によれば、本件事故により、原告は頭部打撲、顔面多発挫創、頸椎捻挫を受け、同日から一五日間入院、そのご同年一一月二七日までの間に二四日通院して治療を受け、それで外傷は治癒したが、顔面に多発瘢痕、そのほか頸部運動痛、頭痛、右下肢痛等の神経症状を残したことが認められる。なお、脳波および精神の異常については、事故との因果関係を認めるに足りる証拠はない。

2  原告本人の供述、これによつて真正に成立したと認められる甲第九号証によれば、原告は昭和一九年一一月一五日に生まれ、高校卒業ご上京して、事故当時はキヤバレーのホステスとして働き、事故前三か月間で合計二九万九、八〇〇円の収入を得ていた者であるが、本件事故により自然退職し、事故の翌春から調理士学校へ通つたりしたあと、精神に異常の疑いがあつて郷里の病院へ入院、退院ごは農業を営む実家の手伝いをしていること、原告としては、三五歳までホステスをし、そのごは小さな飲食店を持つ心積りをしていたことが認められる。

四  原告の損害

1  治療費 二四万四、二〇〇円

甲第八号証の一、二によつて右損害金が認められる。治療費として請求されたその余の金額は、本件全証拠によるも事実関係が十分でないため、本件事故による損害と目してよいものかどうか疑問を残す。

2  入院雑費 四、五〇〇円

一五日分として一日三〇〇円の割合で認めるのが相当

3  通院雑費 三、六〇〇円

本件全証拠によるも通院交通費としての支出額を明らかにできない。既述の二四日通院分として、弁論の全趣旨によれば、一日一五〇円の割合で交通費を含む通院雑費を認めるのが相当

4  着衣、靴の破損 八、〇〇〇円

弁論の全趣旨によつて右損害を認める。

5  休業損 四三万六五七二円

受傷の部位、程度、治療経過等からして、昭和四七年末まで一三四日間を休業期間と認めても不当ということはない。日収は左の式で算出する。

29.9800÷92=3258 (円未満切捨、以下同様)

6  労働能力低下による逸失利益 八一六万二、三五七円

甲第一号証、調査嘱託の結果、原告本人の供述によれば、治療終了ご、原告の頭、口、手足の神経系統に機能障害が残り、このため、労働能力に若干の低下が生じていることが認められ、また、顔面の醜状痕については、これによつて、肉体的労働能力の面はともかくとして、雇用市場や職場における競争において不利を強いられ、経済的、現実的にみれば相当の不利益を蒙むるであろうことは間違いない。右事情を考慮すると、稼働可能期間は休業期間終了ごから六七歳時の三九年間とし、原告が喪失した労働力の程度は、原告と年齢、学歴を同じくする標準的婦人労働者を基準とするとその二〇パーセントとみるのが相当である。ところで、原告の職種は概して収入が高いことが知られており、実際にも、5で述べた事実に基づいて推定される昭和四七年度年収は、公刊されている同年度賃金センサス第一巻第二表中の産業計・企業規模計・全労働者の賃金一一五万三、五〇〇円をやや上回つている。そこで、昭和四八年四月一日以降原告がホステスとして働いて一般婦人より高目の収入を挙げえた筈であるとみられる期間(原告本人の供述によれば三五歳までホステスを続ける心積りであつたことが認められ、これは年齢的に不当とも思われず、加えて、昭和五〇年以降の関係では同年度センサスによることを考慮して、この期間は昭和五四年一二月三一日までとする)は、本件事故にあわなかつた場合の推定収入は賃金センサスにおける産業計・企業規模計・全労働者の賃金により、現に労働能力が低下した原告が得ることができるであろう年収は賃金センサスにおける産業計・企業規模計の原告と年齢、学歴を同じくする女子労働者の賃金の八〇パーセントとし、その差額をもつて原告の各年度の逸失利益とし、そのごは、昭和五〇年度産業計・企業規模計、高卒・三五歳ないし三九歳女子労働者の賃金を基準として、その二〇パーセントを逸失利益とするのが相当である。なお、昭和四八年一月一日時点での現価を算出するための中間利息の控除はライプニツツ方式による。算式は左のとおり。

(1) 昭和四八年分、七四万八、七六九円

{3,258×90+(1,400,100-926,700×8/10)×9/12}×0.9523

(2) 昭和四九年分 六七万五、一四八円

{(1,400,100-926,700×8/10)×3/12+(1,758,200-1,231,600×8/10)×9/12}×0.9070

(3) 昭和五〇年分 七二万七、六一三円

{(1,758,200-1,231,600×8/10)×3/12+(2,053,800-1,485,400×8/10)×9/12}×0.8638

(4) 昭和五一年から四年間分 二六五万一、〇五一円

(2,053,800-1,485,400×8/10)×(5.7863-2.7232)

(5) 昭和五五年以降の分 三三五万九、七七六円

1,495,800×8/10)×(17.0170-5.7863)

7  慰謝料 三〇〇万円

既述した一切の事情を考慮すると、原告が受けた苦痛を慰謝するのに、右金額が高すぎることはない。

五  過失相殺

甲第六号証の一、二、成立に争いがない乙第一二号証の一、二、被告山下本人、原告本人の各供述によると、原告は飲酒した被告山下運転の自動車に帰宅のため同乗した機会に、同被告らに深夜、人気のない畑に連れこまれて第一で述べた乱暴をされ、それから送り帰される途中、本件事故にあつたことを認めることができる。しかし、被告山下の酒の酔いが本件事故の発生に考慮に値するだけの影響を及ぼしたと認めるに足りる証拠はない。以上、事故発生にいたるまでの経過を考慮すると、過失相殺を否定して不当ということはない。

六  弁護士費用

原告が本件訴訟を原告代理人に委任したことは訴訟上明らかである。原告がこれに支払うべき弁護士費用も事故による損害とする裁判上の取扱いに従うと、九〇万円を被告らに負担させるのが相当

七  よつて、原告の被告ら各自に対する請求は、交通事故による右損害金から原告自認の二五九万円(自賠責保険からの既払分)を差引いた一、〇一六万九、二二九円とこれに対する事故の日の昭和四七年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却する。(訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九、九二、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条)

(裁判官 龍田紘一朗)

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